科学雑誌を見て、理数科目の勉強をしよう!

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マイナス面が突出している

改善しなければならないのは大人の方だった

このように理数に対して苦手意識を持っていることで子供が生まれてきた時に、その子供に自然や科学に対しての疑問を持たせることがないからこそ、こうした教育現場での理数離れを促進してしまっていると分析できる。だがこれもかなり勝手なところだろう、というのも今の日本人が科学技術に対して興味関心が低いなどと言われているくせに、日常生活や仕事などのあらゆる場面で機械を初めとする文明の利器に触れる機会が非常に多い。使わなくてはならないから使用しているだけだなどと妄言を放つのであれば、そもそも使うにしても科学に対して興味がないということへの矛盾を生み出していると取ることも出来る。もしも本当に科学などというものに興味を持たないというのであれば、文明から隔離された生活をすることでよりそれを証明できるというものだ。それをしないと答えるのではなく、出来ないと告げるのであればそれは真なる意味で理数離れというのではなく、単純に勉強したくないだけの子供の我侭と断言できる。本当に興味関心がないのなら、そもそも科学と触れ合うこともない生活を望むはずだ、離れることを何かしらの理由で塗り固めているだけなら学ぶ事を意図的に遠ざけているだけだ。

こうした面はまさしく大人のエゴと称することが出来る、何ともご都合主義なことだ。となると理数離れという問題を本当に解決するとなった場合には、まずは大人が子供と一緒になって自然や科学を始めとした物事に対して探究心を持ち、学ぶ楽しさを認識する事が大切なことなのかもしれない。そして教育現場でも理科や数学に対して苦手意識を持っている学生に、関心を持って抵抗感を和らげる努力をすることが大事ではないだろうか。そうすれば騒がれているような理数離れを緩和する手段をもっと明確に導き出せるかもしれない。

それでも加速している理数離れを促す根っこ

こうした学習するということから遠ざかることを選んだ都合の良い大人達の罪によって、昨今騒がれている理数離れという悲鳴が現場から上ってきているが、それは高校までというより大学からに大きな影響をもたらしているといえる。どういうことかというと、これは1995年から2006年という10年間で見出された大学部における理工学部への進学者数を統計的にまとめた結果で、事態をより知ることが出来る。

  • 1995年 理工学部進学者数:574,000人
  • 2006年 理工学部進学者数:304,000人

これだけの時間で27万人という学生達が理工学部への進学をしなくなっているという数字を出しているのだ。10年という期間を考えると無視できる数字ではないのが理解できる。

ところだ、現場レベルではこうした数字だけでは憶測することができない出来事が起きているというのだ。どういうことか、それは小中学生ともなれば知識を特に吸収しやすい時期であり、また理数科目に対しての関心度も決して低くないというのだ。その証拠として科学的リテラシーと数学的リテラシーが世界25か国中2位という数字を記録しており、この年代ではまだ知的好奇心が旺盛ということもあって学びたい年頃だというのを理解できて、ほっと一安心できるのではないか。

高い水準を記録しているにも関わらず、高校生ともなればどうしてこのような記録が恐ろしいほど低下してしまうのかを分析してみると何も理数科目に関した問題ばかりが浮かび上がってくるわけではない。

理数に対する学び意欲の減退を引き起こした要因

理数離れ問題を引き起こしている年代は低年齢層ではなく、そろそろ進路という問題を全て自分で考えて決められる年頃になった高校生が分岐点と見なせる。そうした年齢の青少年達はこの年になるとどのような葛藤を抱えているのかと考察するが、実のところ大した問題ではない。これが一番困った問題で、理数だけに関わらず勉強そのものに対して意欲が失せてしまうという無気力に襲われてしまうという。中学までは勉強していなければならない、強迫感に駆られることになるが高校生になると突如としてそれが失せる。これについては何となく理解できるかもしれない、筆者も中学時代は一時期勉強に対してやや抵抗感を感じる時期があり、どうしても自宅学習でも勉強する時間を持とうとは思わなかった。

そのまま高校にあがっても試験勉強くらいしか行わないなどしていた時期もあるなどしていたが、それでも知らないことに対して興味を持って調べてみようとする意識があった事が不幸中の幸いといったところだ。そのため高校の授業では決してやらないだろう心理学や哲学といった学問の指南書を、休み時間などに熟読していた。そのためその後の専門学校、大学と進学した際にも勉強しなければならない環境において、どちらかというと積極的に勉強していたのでそこまで深刻な問題にはならなかった。

筆者の一時期の経験も含めるとこの時期の青少年を突如として襲う、学習への意欲喪失が理数離れへも繋がり、また理数にも文学にも興味がないという人も出てくるなどして、21世紀になって日本人学生の学習意欲は低下傾向を示してしまうなどの問題を引き起こしてしまう。

ただこうした問題は教育現場を改革すれば解決するのではなく、そもそも学問とは何かを社会全体で証明し、さらの学ぶことの面白さを伝えていかなければならない。だが理数というものに焦点を絞ったとき、例えこれらを勉強しても得をしないという社会的通念として浸透しているマイナスイメージによって、更に理数離れを加速させているという。その原因としては挙げてみると、

  • 原因その1:例え科学という原理を知らなくても、使えていれば良いと考えている人が多い
  • 原因その2:理数が好きだと、周りから仲間外れにされてしまう恐れから離れてしまう
  • 原因その3:学校というコミュニティにおいて、変人扱いされてしまうというリスクを背負うことになる
  • 原因その4:将来、仕事として勤めても収入的な面で文系よりも劣ってしまうという偏見

などといった根本的な問題に影響をもたらしているという。仲間意識が強い人ほどもしかしたらこうした傾向が強いのかもしれない、その中で変人などと揶揄されても自分が好きなものは好きだと肯定するだけの、確固たる自我の形成がままならないのも日本特有の問題なのかもしれない。収入という問題が絡んでくると確かに文系へと進学した方が得をすると考えられるが、何を勉強するかは自分の意思で決めることなので、他人とのバランスを考えて決めているのでは学ぶ楽しさを喪失してしまうのも頷けてしまう。